角田と成瀬の対岸

ふたたび角田光代の「対岸の彼女」について書く。

この物語を読了したときに、
「これは成瀬巳喜男ではないか」と、唐突に思ったからだ。

まさしく角田光代的な断絶を、
見事に表現している作品がある。

「夫婦」は昭和28年作品。
主演は杉葉子と上原謙だ。

上原謙はうだつのあがらない夫役。
突然の転勤で東京暮らしになったのだが、
夫婦にはすぐに借間が見つからず、
杉葉子の下町の実家に引越しの荷物が届く。

上原謙は妻を亡くしたばかりの同僚・三国連太郎の借家に間借りする。
三国は貞淑で気のつく杉葉子にすぐにこころを奪われてしまう。

上原謙は妻の杉葉子には冷たい。
しかし三国の想いを知るや、やはりそれは面白くない。

杉葉子はそれでもかいがいしく夫と、
同居人(三国からすれば転がり込んできた夫婦が間借り人なのだ)
の世話を焼き、日々を過ごしていく。

妻は妊娠をする。
夫は経済的な余裕の無さから堕胎を望む。

そして夫に伴われて訪れた産院も
妻は逃げ出してしまう。

夫は「育てていこう」と力なく笑い、
妻の肩に手をかけて自宅に戻ろうとする。

映画はこのふたりの後ろ姿で終幕となる。

強く拒絶する妻の態度から、
堕胎は始めてではないだろうとの、
察しが観客にはつく。

映画の冒頭、久しぶりの同窓会に出た杉葉子は、
かつての友人達から「子どもがいないと気楽でいい」という、
陰口を叩かれる。

その後、妻の間近に友人の姿は現れない。
友人たちにとっては彼女はすでに“対岸”にあるのだ。

ほぼ半世紀近い前の映画であるのだが、
人の思いは不変のものであるということ。
そして断絶はいたるところにあり、
それを修復することがやはり不可能であること。

成瀬巳喜男の視点が、現代的というわけではない。
角田光代が描く今の物語においてもその主題は
不変であり、成瀬のドラマツルギーを継承する作家が今に在るのである。



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by tsunagunpo | 2009-08-02 00:55 | こまいズム