幻影の書

美しい悲しみと、
過ぎていく人生の時間の意味。

ポール・オースターの「幻影の書」は、
重なり合い共鳴するいくつもの物語についての小説である。

妻と息子を飛行機事故で失うという人生の危機の中で、
生きる気力を引き起こさせてくれた映画の一場面。

主人公はその監督兼主演俳優ヘクターについて
調べてゆくことで、正気を取り戻していく。

ヘクターはサイレント時代末期に失踪し、
すでに何処かで死んだと思われていた。

しかしある女性から実は生きていると知らされる手紙が届く。

主人公はヘクターの作品について本を書く。
それを読んだ俳優本人が会いたがっていると、
ヘクター夫妻に近しい女性が同行を求め催促に来る。

無声映画時代の喜劇俳優兼監督が過ちと放浪の末に、
ニューメキシコの農場でひっそりと暮らし、
世には出さない映画を近しい人たちと作ってきた。

ヘクターはいま死の床にあり、
撮りためた作品群は死後に処分される運命なのだ。

その映画。さらにその映画の登場人物が綴る物語。
これらが幾重にも層をなして共鳴し合う。

人に観せない映画など無に等しいのではないか。

だが、その作品世界こそが厳然と実在し、
それをつくった人物の生涯のほうが幻影に思えてくる。

人生とは悲しくも残酷である。

その人が消滅した後にも、罪は残る。

残された人間は、新たなる再生として、
その罪を許し、受け入れていくしかない。

物語は最後、ささやかな希望を含ませ終わる。

しかしその終わりこそが真の始まりであるのだ。

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by tsunagunpo | 2009-12-20 19:22 | こまいズム