我々のアンダーグラウンド

我々の物語は与えられた物語である。

地下鉄サリン事件などオウム真理教が起こした、
一連の凶悪事件の刑事裁判が終結した。

松本智津夫死刑囚ら13人の死刑が事実上確定したが、
いまもなお、多くの人々がサリンの後遺症で苦しんでいる。

被害者に対する補償や賠償も進んでおらず、
事件は決して終わってはいない。

村上春樹は、いままでの報道とは全く異なった方法で、
地下鉄サリン事件にアプローチし、1997年に一冊の本を発表した。

事件の被害者に対してインタビューを行い、
彼等一人一人の生い立ち、事件当日に彼らが目にしたもの、
事件後の後遺症などを語って貰った証言集。

その本にはアンダーグラウンドという題名が付く。

あの事件から我々が真に何かを学び取るべきものは何か。
その「何か」とはいったい何なのか。

上からの指示を待たなければ救急車を発車させられなかった救急隊、
人が歩道に倒れているというのに、道路の向こう側で、
何くわぬ顔をして出勤しようとしている霞が関の役人。

「被害者の人を一刻も早く助けよう」という自我よりも、
「上司の命令や出勤時刻を守らなければ」という、
システムのルールを優先させてしまっている人々。

このような人々は、あるシステムの中に自分の自我を預け、
その代わりとしてそのシステムから受動的に、
自分の人生の道を与えられる。

それは誰かから与えられた我々の物語だ。

我々にもある集団や組織に自我を預け、
受動的な姿勢で人生を過ごしたいという望みはないだろうか。

我々の心の中にもどこかに、
オウムの信者が麻原彰晃に帰依したのと、
類似したものが潜んでいるのではないか。

「オウムはカルト教団だ」としか繰り返さない報道の前で、
我々とオウムはまるで対極のものだと言い切れたのか。

この事件から真に学ぶべき「何か」とは、
我々は自我を持つべきであるということなのだろう。

システムに動かされているのではなく、
システムの中で動く自我とは何か、それを意識すること。

一連のオウム裁判では何が分かり、何が未解決だったのか。

我々はこの凶悪なテロ事件から何も学んではいない。

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by TsunaguNPO | 2011-11-22 15:18 | こまいズム