吉本隆明は静かに去る

意外だが、吉本隆明は太宰治に会っている。

太宰の戯曲を、自分たちで上演しようということになり、
三鷹の家まで断りに行った話をインタビュー記事で読んだ。

太宰は留守で、駅近くの飲み屋にいた。

意を決して、わけを話すと、
「飲め」と酒を注いでくれた。

「断りなんていらない。
 そんなもの勝手にやっちゃえばいいんだよ」

太宰は吉本にそう言ったという。

吉本隆明の戦後は太宰との出逢いから始まった。

そんな戦後の思想界に、
大きな影響を与えた吉本隆明が死んだ。

60年代の安保闘争や全共闘運動の「教祖」的存在であったことは、
モラトリアムを過ごしていた学生時代に遅ればせながら知った。

有名な「共同幻想論」は、従来の左翼運動から脱却を図る、
新左翼運動の理論的支柱となり、大学紛争の嵐が吹いた60年代末、
同書を手にした学生が多かったという。

20年遅れて、学生時代に自分も読んでみた。

何が何だか解らなかったが、時代が彼にそれを書かせ、
多くの若者たちがその空気を体感したのだけは理解した。

難解な思想書が幅広い層を引きつけたのは、
豊かな文学性や詩的な感性に裏打ちされた批評眼、
それに常に「今の時代」と向き合い、格闘したところにあった。

近年は人気アニメなどサブカルチャーにまで独自の論評を試みた。

敗戦時、吉本隆明は20歳だった。

「国破れた」喪失感から出発した思想家の往生は、
一つの時代の終わりといえるのだろう。

そして、我々はまだ吉本の問いかけに答えが出せてはいない。




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by TsunaguNPO | 2012-03-17 14:27 | こまいズム